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tzmooguidaz

よわみの掃き溜め。

IQ高かったらどうしよう

いや、本気で怖い。

うれしいかな、と一瞬思ったけど、別に働き口が提供されたり、

周りが会話のレベルを合わせてくれたりするわけじゃない。

 

Facebookに大好きなお兄さん? お父さん? がいるけれど、

遠方の住まいで会ったことがないし、ほら年齢も知らないし、

こんな人間の愚痴はあんまり聞けなくて、

知的かつ人間性的な刺激を求めるタイプの人だから、

苦痛を与えはしないだろうかと心配だ。

 

IQ診断系のクイズ番組にも夢を見ることができなくなるし、

別に120超えてたからって、

東大に行けるほどの努力は(金銭的事情から)できない。

 

それに、今更編入したって、

一体どこの研究室が採ってくれるんだろう。

 

というのも、解離性同一性障害の検査の一環で

WAIS(バージョンは失念)を受ける機会があったからで

 

なんか、「できねー!」って感覚が掴めなかったのだ。

学校のテストとかでいう、

「うわっ、思い出せない! サボったせいだ!」が

WAISだと

「おっしーなぁ!

 わぁ、できるひともいるんだー! すごーい!」だったというか

 

とはいえ、筆者の自我、

小指の先の爪の垢を煎じたくらいしかない

という解釈でほぼ間違いないという

 

確定診断ではないにしても、

おいおい、それじゃあ一体、

どうやってこの先の意思決定をすればいいというんだ。

 

一般の就労はとてもできない体だし、

そもそも高IQっぽい、と「脅かされて」いる状況では、

「もし体力が回復しても職場に馴染めないかもしれない」

「コミュニケーションに精神力のリソースをフル活用してしまい、

 パフォーマンスを上げることができないのではないか」

「そうまでしても、日ごろから、

 低IQを自認する連中に合わせすぎては、

 結局『発達障害だ』『精神障害だ』と突っ込まれ、性暴力に遭っている。

 そういった人間の方が、標準IQの人より素直そうだから

 いつも騙されるというか、たぶん相手には悪気や善悪の判断力すらない」

「コミュニケーションを売りにする商売では、

 どうしてもアルコールやカフェインを避けることができないし、

 結局のところ体力勝負になる。

 解離失立の回復に成功してからのこととはいえ、身の危険に代わりはない」

「傾聴員研修だなんて、

 自我が成長をやめたほどの時期からのトラウマ持ちにはとんでもない!」

 

……ふー、……ふー。

 

気を取り直したわけじゃないどころか、

こっから先はずぶずぶ行く前に書いてるんだけれども、

まあ、女のくせにDV男の気持ちわかるんだもんなあ

理解の程度は分からないけど。

 

そして、解離した勢いで、

せっかくここに載せて遊ぶつもりで書いたレポートもどき、

うっかり出会い系サイトに投稿してしまった。

 

なんだあそこ、

極端な軍国キャラ付けしとけばインテリ女、みたいな風潮あるぞ

 

まあ、筆者も「頭良すぎておかしくなった」と

度々近所のじーさんばーさんに評されるクチだから、

あんまり人のことを言ってはいけないのかもしれないが。

 

その、なんだろう。

偏差値低めの人たちに交じっていると、

中には本当に「低(義務教育修了レベルではなさ)そう」な人もいるが、

興味や家庭方針の方向性が学校の勉強ではなかっただけで、

叡智聡(珍しく英語より先に漢字が浮かんだので褒めろ)には富んだ人が多い。

 

それが、見えない人というのは一定以上いて、

 

要は

「勉強にしか自信がないが、学歴にプライドがある」という人が

すごく面倒なのだ。

 

これは裏返しに、筆者の学歴コンプレックスでもある。

いいとこの大学というか、親の希望する大学を出てあげて、

その代わりに、

それをカサに着て社会人デビューをしたかった。

そんなことができる健康状態や、それに応じた学習環境は

残念なことに整備されなかった。

 

療養浪人も許されず、

試験勉強皆無で入った大学(近畿大学だぞ!どうだ!)も、

療養どころか、約束のあった下宿住まいを反故にされて

体力が続かず、というか、単位の取り方の要領も掴めずに辞めた。

(ああ、今だって安全のための転居を渋られているし)

 

今でも単位を取るとか、スケジュールを管理するとかは

ものすごく苦手なんだけれど、

「自分の体力が、唯一精神安定剤の副作用によって増強されていた」

なんて思春期を過ごした人間には、

服薬状況が変わった今、

体力という資源の管理からしてそうそう簡単にはできない。

 

ただ、冷静だし、

大学という教育機関が、

「学を高め、深めるためでなく、

 大卒資格を得るためのところだ」

とも理解したから、今から体力が戻るなら大卒は取りたい。

その資格の使い道は、ない。

 

(ちなみに通信の短大部に編入して、

 空前絶後・超絶怒濤のナンパ・セクハラ・性犯罪ラッシュに遭ったため

 学生の質として近畿大学はないなぁと思っている。

 別に出会いの場になっちゃえば、

「学びたいものに学ばせる」が叶ってないし、魅力はない。

 無試験なら面接くらいはすればいいのになあ)

 

 

「何年かかってもいいし、下宿に住まってもいいし」

っていう状況だったなら、

もう少し真剣に履修登録をしたかな。

 

まあ、文壇分析を虚学って言ってる時点で

あの人たちは出版社の思惑に踊らされているんではないかと

今なら言える。

文学って出版マーケティングだと思う。

 

その前は、自分の得意領域を伸ばしたかった。

その方が職業生活が楽しくなると思った。

けれど、専門学校はやめてくれ! って、

なぜかスポンサーにしつこく言われたので、

それは諦めないと仕方ないと思った。

 

そうでもなければ、ネットマーケティング

奈須きのこ先生的な、ろじぱらワタナベ氏的な

そういう文筆や同人デビューもしたかった。

「何でネットなん? ヘタレなん?」と当時の友人に言われ、

営業力を高めようとがんばってはきた。いる。

制作をさせてくれたのむ。

 

その前なら、うん、

ひそかに理工学分野のことをしたかった。

体育大学でもよかった。

きっと「動かす」ことに興味のある子供だった。

運動力学。そう運動力学。

 

けれど、

「運動音痴め!」とか

「なんでこんな簡単な算数できねーんだよw」とか

「お前が触ったら、なに触らしても壊れんだよ!」とか

ほぼほぼ毎日性虐待の加害者だった兄らに言われ倒したので、

「やりたいこととできることは違う」を誤解した。

それは単純に、自分の心が弱かったんだと思う。

 

ただ、奴らには誤算があった。

筆者、すごくデスクトップアーティスト性が高い。

 

って、即興の造語だし

「なに言ってんだ」って思われても仕方ないかもしれない。

思わないと思う。筆者と同じレベルの文化生活が保障されてたら。

 

つまり、書いたり描いたり歌ったり座演したり、が

おおよそ得意で楽しみながら伸びていけるということ。

この辺なら学資はほぼいらない。

そして発表の場もそこそこにある。

 

けど、なんだか、「違う」と思ってしまう。

 

それはたぶん、筆者があまりにも

「違うものを経験し過ぎ」てきたからだと思うし

周囲だって、『使命』なんてクソッタレを筆者に押し付けるから、

うっかり「世界を救った女性運動家の暗殺」ってシナリオを

頭に焼き付けてしまって、

 

つまり、消費者意識を喚起するとか、そういうレベルで

プロダクトを企画したり、

あんまりに恐れ慄きすぎて、プロジェクトが進まなかったり

プロジェクトの進行の知識がなかったり(これは単純に学生時代の特性)

 

字数がない。

 

うん、だから即ち、IQ高かったらどうしよう。

それって死刑宣告じゃないか。

 

まあいっか。

物心ついてすぐ「起業しなきゃ」って思ったし。